性的少数者の差別や不利益の根絶を求める会長声明
1 性的少数者が受けている差別や不利益は解消していない
2023年、性的少数者に関して最高裁判決等重要な司法判断が示された。そして、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(以下「理解増進法」という)が成立した。岐阜県においては、9月から岐阜県パートナーシップ宣誓制度が始まっている。このように、これまで差別や不合理な不利益を受けてきた性的少数者に関し、その差別や不利益を解消すべく前進した年であったということができる。
その一方で、性的少数者に対する誹謗中傷、特にトランスジェンダーに対する憎悪表現が繰り返されたり、性的少数者であることを公表している弁護士に対する脅迫事件まで発生している。性的少数者が受けている差別や不利益の解消は、その途に就いたに過ぎず、その根絶を目指してなすべきことは山積している。
2 差別や不利益の実態に即した判断や対応が必要である
2023年7月11日、最高裁判所は、トランスジェンダーである経済産業省職員が、自身の性自認に沿った取扱いを求めた行政措置要求を否定した人事院判定の取消等を求めた訴訟において、職場での女性用トイレの使用制限の可否に関し、当該職員からの職場の女性用トイレを自由に使用することの要求を認めないとした人事院の判定を違法と判断した。最高裁判所は、当該職員が女性の服装等で勤務し、2階以上離れた女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはないことなどから、当該職員が職場の女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定しがたく、人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、当該職員の不利益を不当に軽視するものであって、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない旨判示している。渡邉惠理子裁判官の補足意見でも、感覚的かつ抽象的な懸念ではなく、具体的かつ客観的に検討すべきことが指摘されている。
また、同年10月25日、最高裁判所は、従前の判例を変更して、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号が「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を性別変更の要件(生殖腺要件)としていることは、幸福追求権を保障した憲法13条に違反すると判断した。最高裁判所は、生殖腺要件を満たすために必要な生殖腺除去手術は身体への強度の侵襲であること、性同一性障害を有する者に生殖腺除去手術か性別の取り扱い変更を断念するか二者択一を迫るものであるという当事者が受ける負荷に加え、同要件の目的との関係で、これまで親子関係等に関わる混乱が社会に生じたとはうかがわれないこと、性同一性障害に対する治療として、どのような身体的治療を必要とするかは患者によって異なることなど、性同一性障害を有する者に関する具体的な社会実態を認定した。その上で、同要件が制約として過剰であり、必要かつ合理的なものではないとして憲法13条に違反すると結論づけている。
このように最高裁判所は、トランスジェンダーに関して、まず具体的な事情を丁寧に認定した上で、違法、違憲との判断を行っている。
さらに、地方裁判所ではあるが、結婚の自由を全ての人に訴訟(いわゆる「同性婚訴訟」)においても、同性カップルに関する具体的な社会実態を認定した上で、同性カップルについてパートナーと家族になるための法制度が存在しない現状などについて違憲または違憲状態との判断をしている。
性的少数者に限らず、社会における少数者は、感覚的かつ抽象的な懸念から差別や様々な不利益を受けている。判例が示すように、差別や不利益を受けているのかどうかは、立法、行政、司法のどの場面においても、感覚的かつ抽象的な懸念ではなく、まずは実態を調査し、具体的かつ客観的な事情に基づいて判断し対応すべきである。
3 理解増進法が目指す人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向けて
理解増進法は、1条において性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現に資することを目的とすることを定め、3条において性的指向及びジェンダーアイデンティティに関して個人の尊重の理念及び差別が許されないことを確認し、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を基本理念としている。
もっとも、12条の「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする」との文言には、強い批判がある。「安心して生活」できるとは、抽象的・主観的なものであり、しかも「全ての国民が」となっているため、性的少数者を嫌悪する者が「我々は安心できない」と考えれば、性的少数者に関する施策が動かなくなることが懸念されている。性的少数者だけが国民の安心を脅かすかのようにも読める、との指摘もある。これらの懸念や指摘のとおりとなれば、法の目的である多様性に寛容な社会と相容れないものであり、性的少数者に対する差別や不利益を温存する危険がある。そこで、12条の「全ての国民が安心して生活できる」状態とは、理解増進法が1条と3条で掲げる共生社会であることが確認されなければならない。
そして、理解増進法が目指す、性的少数者も個人として尊重され、国民ひとりひとりが相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現のためには、性的少数者に対する差別や不利益を根絶しなければならない。そのためには、前記の判例が示すように、感覚的かつ抽象的な懸念ではなく、まずは実態を調査し、具体的かつ客観的な事情に基づいて、差別や不利益を解決する為の立法や施策を実施することが必要不可欠である。
4 性的少数者が受けている差別・不利益を根絶すべきである
性的少数者が受けている差別・不利益は、根絶されなければならない。それは、理解増進法の目的及び基本理念に沿い、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に他ならない。そのために、立法、行政、司法のあらゆる場面で、具体的かつ客観的な事情に基づいた判断や対応がなされることを求める。もとより、岐阜県弁護士会も、その実現のために努力を惜しまない。
2024年2月5日
岐阜県弁護士会
会長 神 谷 慎 一
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