「大崎事件」第4次再審請求を退けた最高裁決定に関する会長声明
最高裁判所第三小法廷(石兼公博裁判長)は、2025年(令和7年)2月25日、いわゆる大崎事件第4再審請求事件につき、事件本人である原口アヤ子氏(以下「アヤ子氏」)という。)及びアヤ子氏の亡元夫(同人にとっては第3次の再審請求である。)について、再審請求を棄却した鹿児島地方裁判所の原々決定に対する即時抗告を棄却した福岡高等裁判所の原決定に対する特別抗告事件について、再審請求人の特別抗告を棄却する決定(以下「本決定」という。)をした。これによって第4次再審請求は棄却の結論が確定した。ただし、原決定及び原々決定を取り消して再審を開始すべきだという宇賀克也裁判官の反対意見が付されている(以下「宇賀反対意見」という。)。
大崎事件は、1979年(昭和54年)、鹿児島県大崎町において牛小屋から死体が発見されたことに端を発し、アヤ子氏、その当時の夫及び義弟が殺人・死体遺棄の、義弟の子が死体遺棄の罪に問われた事件である。アヤ子氏は一貫して無罪を主張したが、懲役10年の有罪判決を受け服役した。確定審において有罪の有力な証拠とされたのは、「被害者」(アヤ子氏の夫の末弟)の死因は頸部圧迫による窒息と推定されるとする法医学鑑定、「共犯者」とされた3名の自白、及び義弟の妻の供述であった。
アヤ子氏は満期服役後、3度にわたり再審請求を申し立ててきた。第1次再審請求では、2002年(平成14年)3月26日に再審開始決定が下されたが、検察官抗告により同決定は取り消された。第3次再審請求では、再審請求審で再審開始決定がなされ、即時抗告審もこれを支持する決定をした。即時抗告審決定は、「被害者」が帰宅した時点で死亡又は瀕死となっていた可能性があり、帰宅時の「被害者」の様子に関する近隣住民2名の供述が信用できない、それゆえ、「共犯者」3名の各供述の信用性に重大な疑義が生じるとした。ところが、2019年(令和元年)6月25日、最高裁判所第一小法廷(小池裕裁判長)は、新証拠である吉田謙一教授の法医学鑑定(以下「吉田鑑定」という。)は「死因が出血性ショックであった可能性等を示すものではあるが」「死亡時期を示すものではなく」、即時抗告審の決定によると、遺体を遺棄した者は、最後に「被害者」と接触した近隣住民以外に想定し難いことになるが、そのような事態は想定し難く、犯人はアヤ子氏ら以外には想定し難いとして、再審請求を棄却するという前代未聞の決定をした。
弁護団は、2020年(令和2年)3月30日に第4次再審請求を申立て、新証拠として「死亡時期」について救急医療医である澤野誠教授の鑑定書(以下「澤野鑑定」という。)、近隣住民2名の供述について異なる専門的方法により分析した2種類の供述鑑定書(稲葉光行教授のテキストマイニングによる供述特徴分析鑑定、大橋靖史教授・高木光太郎教授の供述心理学鑑定書)を提示した。これら新証拠は、それぞれが車の両輪となって、「被害者」が帰宅前に死亡しており、そもそもアヤ子氏らが「被害者」を殺害することはあり得ない、つまり殺人事件は存在しないことを明らかにするものであった。
ところが、原決定及び原々決定は、澤野鑑定によって2019年(令和元年)の最高裁棄却決定による判断の前提が崩れたにもかかわらず、これに追随して、再審開始を認めなかった。本決定の多数意見も、澤野鑑定が「死亡時期」についての鑑定であるのに、吉田鑑定と同じように「死因」に関するものとして判断し、特別抗告を棄却した。当会は、これら両決定に対し、新旧両証拠の適切な総合評価を行わず、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反するものであって、すでに高齢であったアヤ子氏の救済を遠ざける不当な決定であると抗議し、アヤ子氏の雪冤を求める会長声明(2022年8月8日付け、及び2023年8月28日付け)を発している。
本決定に付された宇賀反対意見が述べるように、澤野鑑定は臨床医、救急医療医の立場から「死亡時期」に焦点を当てた新たな知見の鑑定であり、頸部保護を懈怠した救護活動により呼吸停止をしたとする鑑定内容には高い信用性が認められ、これと第3次再審請求までに提出されていた医学鑑定により、本件が殺人事件であることの直接証拠は皆無となり、確定審の有罪認定には合理的な疑いが向けられることとなる。また、本件に関し再審開始決定をしなかった裁判所の判断に大きく影響してきたであろう共犯者自白についても、彼らが知的障害を有し、暗示又は誘導されやすかったことを踏まえて特に慎重に信用性判断を行う必要がある。さらに、義弟の妻の供述についても、その内容が不自然で、内容自体にも変遷があること、そして虚偽の供述をする動機があることなど、信用性を疑うべき事情がある。供述の信用性を正しく検討すれば、確定判決の有罪認定はますます疑わしいものとなり、もはやこれを維持することはできないはずである。
したがって、原決定及び原々決定は取り消され、再審開始決定がなされるべきであった。本決定(多数意見)は、新証拠の澤野鑑定の位置付けを誤り、科学的・専門的知見に基づいた判断を行っておらず、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反しており、到底容認できない。
アヤ子氏は現在97歳の高齢である。一刻も早く再審開始決定がなされ、再審公判が開かれなければならない。
当会は、アヤ子氏が雪冤を果たすための支援を続けるとともに、再審における証拠開示の制度化や、再審開始決定に対する検察官の不服申し立て禁止をはじめとする再審法改正を含め、えん罪を防止・救済するための制度改革の実現を目指して、引き続き尽力する所存である。
以上
2025年(令和7年)4月9日
岐阜県弁護士会
会 長 小 森 正 悟
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