法律事務所への捜索についての判決に関する会長声明
2022年7月29日、東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)は、法律事務所への捜索に係る国家賠償請求訴訟の判決において、検察官らによる捜索が刑事訴訟法の押収拒絶権の趣旨に違反する不適法なものであったと判断した。
本件訴訟は、2020年1月29日、東京地方検察庁(以下「東京地検」という。)の検察官らが、出入国管理及び難民認定法違反等被疑事件の関係先として、関連事件の弁護人であった弁護士らの法律事務所を訪れ、同弁護士らが刑事訴訟法105条に則り押収拒絶権を行使し、立入りを拒んだにもかかわらず、裏口から法律事務所に侵入し、捜索した行為(以下「本件捜索行為」という。)について、同弁護士らが国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めたものである。
当会は、この法律事務所への捜索につき、2020年2月7日付で、「刑事訴訟法105条に違反する違法行為」であり、「対立当事者である弁護人が刑事事件において被疑者・被告人のために活動する立場にあることそのものを攻撃し、刑事弁護活動を大きく萎縮させようとするもので、わが国の刑事司法の公正さを著しく損なうもの」であること、「社会一般の法律事務所における秘密の保持への信頼を破壊しかねないという点で、その違法性は極めて高い」ことを指摘して、「明白かつ重大な違法がある東京地検による本件捜索行為に対して強く抗議」し、「同様の事態を今後再び招くことがないよう求める」とともに、裁判官が令状を発付したことに対し、「権力の濫用をコントロールするという令状主義の趣旨に鑑みて明らかに不当である」と指摘して、「強く抗議し、裁判官に対し、適正手続の実現を求める」との会長声明を公表していた。
本判決は、弁護士が押収拒絶権を適法に行使したときは、「同行使の対象となった捜索差押許可状記載の『差し押さえるべき物』を捜索することも許されなくなる」「その結果、捜索差押許可状に記載された全ての『差し押さえるべき物』につき捜索が許されなくなる場合には、もはや、同許可状記載の『捜索すべき場所』に立ち入る必要性も許容性もなくなる」ことを前提に、「押収拒絶権の趣旨が、弁護士を始めとした、個人の秘密を取り扱うことの多い一定の業務者につき、個人の秘密に関する物の押収を拒む権利を認めることによって、当該業務に対する信頼を保護しようとする点にあることから」、「弁護士が捜索・差押えの対象物につき他人の秘密に関するものであるとして押収拒絶権を行使したときは、それが上記の意味における秘密に当たらないことが外形上明白な場合でなければ、捜査機関においてもその秘密性を否定することはできない」と説示した。
その上で、国が「押収拒絶権を行使できないと主張する物」の4種類について、それぞれ捜索の必要がないものか、原告らの押収拒絶権の行使によりその捜索が許されなくなったもののいずれかであると判断し、「本件事務所内に立ち入ることは適法であるとする被告の主張は採用することができず、本件各行為は、刑訴法218条1項の規定又は同法222条1項において準用する同法105条の押収拒絶権の趣旨に違反したものといわざるを得ない」として、検察官らによる捜索は刑事訴訟法の押収拒絶権の趣旨に違反する不適法なものであったとの判断を明確に示した。
本判決により、押収拒絶権が行使されたにもかかわらず法律事務所を捜索した検察官の行為が不適法なものであったことが、裁判所により確認された。他方で、本判決は、国家賠償法1条1項の「違法」性を否定し、請求を棄却した。
その理由は、検察官らが「法令の解釈を誤った」ことは前提としつつも、上記4種類の物のうち法律事務所への来訪者が同事務所に残置した物については、当時、その法令解釈につき「明確に指摘した文献や裁判例」が存しなかったことを指摘し、「法令の調査において職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったもの」ということはできないというものであった。
しかし、上記のように文献や裁判例のない論点であったとしても、検察官らにおいて十分な法令調査をした上での解釈であったのかどうかが問われるべきであり、本判決がその検討もせずに検察官の注意義務違反を否定したことは疑問があるところである。
なお、本判決は確定し裁判例となった。今後、同様の違法な捜索が行われたときは、「法令の調査において職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったもの」として、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償義務も生じることになると考えられる。
当会は、改めて、本件捜索行為がわが国の刑事司法の公正さを著しく損なうものであり、社会一般の法律事務所における秘密の保持への信頼を破壊しかねないものであることを指摘し、捜査機関に対し、同様の行為を二度と繰り返すことのないよう求めるとともに、本件捜索行為を許可する令状を発布した裁判所に対し、適正手続の実現を引き続き求めるものである。
2022年(令和4年)9月7日
岐阜県弁護士会
会長 御 子 柴 慎
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