低賃金労働者の生活を支え地域経済を活性化させるために岐阜県の最低賃金額の大幅引上げと地域間格差是正を求める会長声明
1 長期に及ぶ新型コロナウイルスの影響とロシアのウクライナ侵攻の中で、食料品や光熱費など生活関連品の価格が急上昇している。
2022年度の全国消費者物価指数は、天候による変動が大きい生鮮食料品を除いた指数が前年度比3.0%と41年ぶりの記録的な大幅上昇となった。大手食品会社などが今後のさらなる値上げを発表しているなど、急激な物価高騰の傾向は今年も続く見込みである。
労働者の生活を守り、経済を活性化させるためには、企業や事業主への支援と並行して、全ての労働者の実質賃金の上昇を実現することが必須である。そして、賃金の底上げのためには、最低賃金額を大きく引き上げることが極めて重要である。
2 わが国の最低賃金制度は、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もって、労働者の生活の安定等に資することを目的としている(最低賃金法1条)。
確かに、岐阜県における最低賃金は、厚生労働省の「働き方改革実行計画」(平成29年3月) の中で、当時の政府の物価上昇目標(2%)を超える年率3%程度という数値目標が示されたこともあって引き上げが続けられている。昨年度も30円、年率3.41%と、平成29年以降でも最大の引き上げが実現された。
しかしながら、それでも、岐阜県の現在の地域別最低賃金は910円である。これは、フルタイム労働(一日8時間、月22日)をしても、総支給額で月額16万160円、年で192万円程にしかならない。
この数字は、一般にワーキングプアの指標とされる年収200万円を未だ下回っており、十分な額とは到底言えない。
また、最低賃金付近での就労を強いられている労働者の中には、生活を維持するために、長時間労働や複数の就労の掛け持ちを余儀なくされている者が多数存在することが想定される。
長引くコロナ禍と激動する国際情勢の下、今後も物価上昇の継続が見込まれるが、物価上昇に賃金の上昇が追いついておらず家計を圧迫していると、度々報道されている。このような急激な物価上昇に翻弄される労働者の生活の安定を図り最低賃金法の目的を果たすためには、これまで繰り返し行われてきたものと同程度の最低賃金の引き上げでは不十分である。今年度においては、昨年度を上回る大幅な最低賃金の引き上げがなされるべきである。
3 また、最低賃金の地域間格差についても是正されなければならない。
現在の岐阜県の地域別最低賃金は、全国加重平均(961円)とは51円の、隣県愛知県の地域別最低賃金(986円)とは実に76円もの開きがあり、昨年は4年ぶりにそれぞれ1円格差が拡大した。最低賃金の格差をめぐっては、厚生労働省が本年3月6日、格差是正のため、引き上げの目安を示す区分を4つから3つに減らすことを決めるなど、格差是正に向けた取り組みが開始された。しかしながら、是正後の区分においても、愛知県がAランク、岐阜県はBランクとされており、今後も愛知県との格差が拡大する懸念がある。
令和4年岐阜県人口動態統計調査結果によれば、愛知県への転出超過が続いていることや、「職業上」による20代の転出超過が多いことなどが指摘されている。隣県であり、岐阜県の人口密集地帯からのアクセスが極めてよい愛知県との格差が拡大することは、労働力や労働人口の流出を招き、ひいては地域経済の活力を失わせることにもなりかねない。
そもそも、地域別最低賃金については、生計費が都市部では高く、地方では低いとの考え方の下、これまで地域間格差が拡大する方向での引き上げが続けられてきた。その結果、岐阜県の最低賃金は、2007年には669円と全国加重平均から+4円、愛知県から-14円という状況であったが、現在は全国加重平均から-51円、愛知県からは-76円となり、20年足らずの間に大きく格差が拡大した。
しかし、生計費について、労働組合[1]や研究者[2]による調査によれば、都市部と地方の間で、ほとんど差がないことが明らかになってきている。これは、地方では、都市部に比べて住居費が低廉であるものの、公共交通機関の利用が制限され、通勤その他の社会生活を営むために自動車の保有を余儀なくされることが背景にあると分析されている。
地域経済活性化の観点からも、労働者の生計費に地域間格差がほとんど存在しないという点からも、最低賃金の地域間格差は早期に是正されなければならない。
なお、最低賃金の格差をめぐっては、令和5年6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」(以下「骨太方針2023」と言う。)においても、「地域間格差に関しては、最低賃金の目安額を示すランク数を4つから3つに見直したところであり、今後とも、地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げる等、地域間格差の是正を図る。」と明記された。政府としても、地域間格差是正についての具体的な取り組みを開始することが見込まれる。
4 もちろん、長引くコロナ禍と激動する国際情勢の下、最低賃金を他の地域以上に引き上げその格差を是正することは、特に中小企業の経営に大きな影響を与えることが予想される。最低賃金の引上げについては、「通常の事業の賃金支払能力」(同法9条2項)の観点も忘れてはならない。
この点、骨太方針2023において、「最低賃金については、昨年は過去最高の引上げ額となったが、今年は全国加重平均1,000円を達成することを含めて、公労使三者構成の最低賃金審議会で、しっかりと議論を行う。(中略)今夏以降は、1,000円達成後の最低賃金引上げの方針についても、新しい資本主義実現会議で議論を行う。」とされている。全国加重平均1,000円達成のためには、39円もの過去に例のない大幅な引き上げが必要であり、国レベルでも業務改善助成金等の制度に加え、韓国で実施されたような雇用安定資金支援、社会保険料等の減免などの最低賃金の引上げや格差是正に伴う中小企業へのさらなる支援施策の拡充策が期待される。
加えて、岐阜県でも、独自の生産性向上のための支援施策や助成金等を国の施策に上乗せするなどし、中小企業の賃金支払能力を担保する制度の構築を検討すべきである。国からの交付金を財源に、賃金向上推進事業支援金を設けている山形県の取り組みなども参考にされたい。
5 以上のことを踏まえ、当会は、岐阜県の地域別最低賃金を大幅に引上げ、物価の急上昇に苦しむ労働者の健康で文化的な生活を確保するとともに、地域間格差の是正を図り、地域経済の健全な発展を促すことを求める。
2023年(令和5年)7月10日
岐阜県弁護士会
会長 神 谷 慎 一
[1] 2017連合リビングウェイジ~労働者が最低限の生活を営むのに必要な賃金水準~
[2] 中澤秀一静岡県立大学短期大学部准教授作成(最低生計費調査の結果一覧)
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