「袴田事件」の速やかな再審公判開始及び袴田巖氏の雪冤を求める会長声明
本年3月13日、東京高等裁判所(大善文男裁判長)は、いわゆる「袴田事件」の第二次再審請求事件について、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持して、検察官の即時抗告を棄却する決定をし、検察官が特別抗告を断念したことにより再審開始決定が確定した。
「袴田事件」は、1966年(昭和41年)6月30日未明、旧清水市(現静岡市清水区)の味噌製造会社専務宅で一家4名が殺害された強盗殺人・放火事件であり、1980年(昭和55年)12月12日、死刑判決が確定した。袴田氏は、1981年(昭和56年)4月に、第一次再審請求を申し立てたが、2008年(平成20年)3月に最高裁が特別抗告を棄却して終了した。
その後、静岡地方裁判所は、弁護人が新たに提出した「5点の衣類」等のDNA鑑定関係の証拠、各衣類の色に関する証拠を中心に判断し、2014年(平成26年)3月27日に、袴田巖氏に対する死刑及び拘置の執行停止を伴う再審開始決定をした。これに対して検察官が即時抗告を行い、東京高等裁判所は、2018年(平成30年)6月11日、弁護団が提出した新証拠の証拠価値を否定し、原決定を取り消して再審請求を棄却した。
特別抗告を受けた最高裁判所は、2020年(令和2年)12月22日、5点の衣類の色に関する味噌漬け実験報告書や専門家意見書の信用性を否定した原決定の判断について、その推論過程に疑問があることや専門的知見に基づかずに否定的評価したことについて審理不尽の違法があると判断し、全員一致で原決定を取り消し、東京高等裁判所に差し戻す旨を決定した。
差し戻しを受けた東京高等裁判所は、最高裁判所の判断を踏まえ、「5点の衣類」に付着した血液の色に関する事実取調べを行い、弁護団の主張・立証の信用性、捜査機関による証拠のねつ造の可能性を認め、新旧全証拠を総合評価したうえで、再審開始を認めた原決定に対する検察官の即時抗告を棄却した。
再審請求を行う際、多くの場合用いる刑事訴訟法435条6号は、「明らかな証拠をあらたに発見したとき」という要件を課しており、再審開始決定自体を得ること自体に膨大な時間と労力を要している。そのうえ、再審開始決定に対して検察官が不服申立てすることを認める現行法により、事件が終結するまでの時間はさらに長期化し、袴田巖氏の救済を著しく遅延した状態が続いている。検察官の不服申立禁止については、当会の2023年(令和5年)5月24日付総会決議でも指摘し、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁ずる旨の法改正を求めているところである。
ところで、本件については、今後、再審公判の手続が開始される予定であるが、再審公判に関する刑事訴訟法の規定は、451条、452条の2か条しか存在せず、再審公判の手続は、裁判所の裁量によるところが大きい。また、現行刑事訴訟法では、再審公判における検察官の新たな主張立証について、何ら制限を設けていない。しかも、報道によれば、検察官は再審公判で有罪立証を行うとのことであり、審理の長期化が予想される。
しかし、上記のとおり、本件では、長期に及んだ再審請求手続において、検察官と請求人の双方が主張・立証を尽くし、その結果、確定判決に合理的な疑いが生じたとの判断がなされている。このような本件の審理経過に照らせば、本件の実質的な審理は、再審請求手続の段階で既に尽くされているというべきであり、もはや新たな有罪立証を行うことは許されない。また、再審請求審において、再審開始決定を出したのは、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」を認定したからである。そのため、再審開始決定が確定した以上、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」が存在するという判断を前提にするべきである。
加えて、袴田巖氏が87歳と高齢であることや、拘禁反応の影響と思われる心身の状況をも鑑みれば、再審公判では、再審請求手続の審理の蒸し返しを許すことなく、その成果を尊重して、迅速な審理により、袴田巖氏に対する無罪判決がなされるべきである。
よって、当会は、速やかに再審公判を開始するとともに、袴田巖氏に対する無罪判決がなされることを強く求める。
以上
2023年(令和5年)7月11日
岐阜県弁護士会
会長 神 谷 慎 一
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