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離婚後共同親権の拙速な導入に反対する会長声明

2024.04.12

令和6年3月8日、岸田文雄内閣は、離婚後の父母双方に親権を認める共同親権の導入を含む民法等の一部を改正する法律案を閣議決定し国会に提出した。現在、法律案は国会にて審議中である。しかし、今般導入が議論されている共同親権制度には、以下のとおり看過できない重大な問題があり、現状のままでは子の利益を害するところが甚だしい。

 

1 離婚後共同親権のDV事例における問題点

民法等の一部を改正する法律案(以下、「改正法案」という。)第819条第2項は「裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定めるものとすること。」とし、改正法案第819条第7項第2号は「父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれの有無、協議が調わない理由その他の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき」には「父母の一方を親権者と定めなければならない」としている。

そもそも家庭内におけるDVは多くの場合、客観的な証拠による証明が困難である。この度の改正法案によれば、これら客観的な立証が困難なケースは「父母の一方を親権者と定めなければならない」との法適用を受けることが著しく困難となる。

また「身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動」が明確に見られなくとも、親権を共同行使することに父母の一方の心理的負荷が強く、共同親権に不適切なケースもある。このようなケースにおいても同様に、上記規定の適用を受けられない。

したがって改正法案は、離婚後の親権を定める上でのDV事例に対する配慮として現実に即したものとなっていない。

 

2 わが国が採用する比較法的に簡便な協議離婚制度にそぐわない点

改正法案第819条第1項は「父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その双方又は一方を親権者と定める。」とする。

しかし、わが国は、当事者の離婚意思の合致及び離婚届出書の提出のみで成立する比較法的に簡便な協議離婚制度を採用しており、わが国における離婚件数の約9割[1]は、この協議離婚が占める。

すると本来であれば、慎重かつ真意をもって定めるべき親権者についても、当事者の婚姻中の支配・被支配関係が影響を及ぼし、立場の強い一方当事者の要求によって、他方にとっては真意でない共同親権の定めを強いられることもありうるのであり、それは子の利益の観点からも不適切な結果となる。

また改正法案は、「父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるときは、父母の一方を親権者と定めなければならない」と定めるが(改正法案第819条第7項第2号、6号)、この規定は協議離婚には適用されないため、協議離婚において子の利益を害する状況となることを適切に防止できない危険があり、比較法的に簡便なわが国の協議離婚制度にそぐわない。

 

3 単独で親権を行使できる要件が不明確である点

改正法案では、共同親権下において各親権者が単独で親権を行使できる場合として挙げる「子の利益のために急迫の事情があるとき」(改正法案第824条の2第1項第3号)、「監護及び教育に関する日常の行為」(同条第2項)などの具体的内容が明示されておらず、単独で親権を行使できる要件が不明確である。

緊急の手術が必要とされる場合等、親権の単独行使が事後的に裁判所により適法と判断されうるケースであっても、医療機関などが謙抑的な判断を行い、適時に手術などの医療行為が行われないことが懸念される[2]。また、同意を得ていないなどとして他方親から裁判を起こされ、応訴負担を強いられるなど、同居親がpost separation legal abuse(離婚後・別居後の裁判手続を利用した虐待)の危険にさらされるおそれがある。これでは経済的・精神的負担の大きいひとり親が更に追い詰められることとなり、子の生活の安定が損なわれる。

 

4 監護者の指定を必須としない点

改正法案は、離婚後の父母の双方を親権者と定めるにあたって、父母の一方を子の監護者に指定することを必須としていない。

監護者の指定がなければ、養育費の請求権者や児童手当等の受給者が不明確になる。現実に子を監護している親が経済的に困窮し、子の生活基盤が脅かされる。

また、離婚に至る夫婦は、夫婦間の信頼関係が損なわれている場合が少なくない。そのような夫婦にとって、離婚後に父母間で親権の行使について円滑な協議を行うことは、通常は困難である。しかし、離婚後も父母の双方が親権者と定められた場合には、例えば子の教育に関する重要な決定(進路相談や受験校の選定など)について、離婚後の父母間で協議することが必要となる。その協議が円滑になされなければ、子に関する重要な決定が適時にできず、子の利益が損なわれる。

 

5 子の意見を尊重すべきことが明記されなかった点

子は両親の離婚によって大きな影響を受ける。親権者や監護者をどのように指定するか、離婚後において親権をどのように行使するか、子と同居しない親との面会交流をどのように行うかなど、様々な場面において影響を受け続ける。両親の離婚によって、子が最善の利益に反する状況におかれることのないよう、親子関係をめぐる種々の手続においては、子の意見表明権を確保し、子の意見を適切に尊重する必要がある[3]

改正法案は、親子関係について重大な規律を行うものであるにもかかわらず、これにより最も影響を受ける主体であるはずの子について、子の意見を尊重すべきことが明記されなかった点には重大な問題がある。

 

以上のとおり、改正法案では、DV事案、虐待事案、夫婦間の対立や葛藤が強い事案など、離婚後共同親権になじまないケースを確実に除外できないおそれがある。

また、親権の共同行使に関する規律は、婚姻中の父母にも及ぶため(改正法案第818条第2項、第824条の2第1項)、婚姻中に子の主たる監護者であった一方の親が、他方親の同意を得ずに子連れで転居することも、違法な親権行使であるという主張の根拠として不当に用いられるおそれがある。その結果、DVや虐待被害にさらされている監護親が、子を伴って加害者の元から避難することを躊躇し、あるいは支援機関等が支援をためらうなどの事情によって、子や監護親の安全確保が遅れる危険がある。

これらの結果、婚姻中のDVや虐待による支配が離婚後も引き続き継続され、夫婦間の争いや対立が継続することで、子が不利益を被る危険がある。

また、改正法案が成立・施行された場合、家庭裁判所はこれまで以上に重要な役割を果たすことになり、その負担増大は必至である。しかし、現在のところ、家庭裁判所の人的、物的体制の拡充及びそのための財源確保は予定されていない。現状のままでは、家庭裁判所が親子関係をめぐる種々の手続において、迅速に適切な判断を行うことができないおそれがある。

改正法案は、離婚後の父母が現実に親権を共同行使するための制度構築や、弊害を防止するための手当てに関する議論が不十分であり、医療、教育、福祉、司法など、子の生活に関わるあらゆる現場に混乱をもたらすものである。

これにより、最も過酷な立場に置かれるのは子であり、十分な議論のないままの離婚後共同親権の導入は、子の利益を損なう。

よって、当会は、離婚後の共同親権制度の導入に関する拙速な議論を止め、国会をはじめとする関係各所における慎重な議論を強く求めるものである。

 

                                                                                        令和6年4月12日

                                                                                         岐阜県弁護士会

                                                                                          会長 武藤 玲央奈

 

[1] 厚生労働省令和4年度「離婚に関する統計」の概況によれば令和2年度の協議離婚の割合は88.3%。

[2] 全日本民主医療機関連合会(民医連)は、「拙速な離婚後の共同親権導入ではなく、子どもの権利を中心とした親権の確立を求める声明(R6.3.11)」において、「医療機関では、トラブルを避けようと子への対応に父母双方の署名を求める場面が増える可能性がある。不仲で同席できない両親に『説明し、同意をえる』ことは、臨床現場に二重の負担をかけることになり、適時適切な医療の実現の妨げになるし、両親の意見が食い違った場合の扱いも困難な立場に医療機関が置かれる。いずれにしても訴訟リスクが格段に上がり、訴訟を避けるために医療行為を控えざるを得なくなり、子どもが適切なタイミングで治療を受ける機会を逃すことが増加することを憂慮する。」としている。

[3] 子どもの権利条約12条1項は「締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。」同2項は「このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。」と定める。

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