労働者派遣法「改正」法案及び、労働時間法制「改正」法案に反対する会長声明
1 政府は、本年3月13日、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」(以下「派遣法改正法案」という。)を、さらに本年4月3日、「労働基準法等の一部を改正する法律案」(以下「労働時間法制改正法案」という。)を、それぞれ国会に上程した。
しかし、当会は、上記各法案には、以下に述べるとおり重大な問題があることから改正に反対であり、各改正法案は廃案とすべきである。
2 派遣法改正法案について
(1)派遣法改正法案は、昨年3月に国会に上程されたものの、世論の反対の中で、条文の記載の誤りや衆議院解散などもあり、2度廃案となったものである。
今回の法案は、従前の法案に対する「派遣労働者を派遣のまま固定化し、常用代替防止の目的を損なうものである」という国民の批判を受けて、運用において「派遣就業は臨時的かつ一時的なものであることを原則とするとの考え方を考慮する」旨の規定を加えたが、法案そのものの本質には何ら変更はない。
(2)本法案は、①専門26業務の区別規制を廃止して、②無期雇用の派遣労働者であれば期間制限を撤廃し、③有期雇用の派遣労働者については、派遣労働者個人単位では同一の組織単位の派遣先への派遣可能期間は3年を上限とするが、派遣先単位では3年ごとに事業所における従業員の過半数を組織する労働組合若しくは過半数を代表する者(以下、「過半数組合等」と言う。)の意見を聴取すれば、派遣労働者を入れ替えることで3年経過後も継続して労働者派遣を受け入れることができるとする。
しかし、上記の制度は、以下に述べるとおり妥当でない。
そもそも、使用者が労働者を雇用する場合は直接雇用が原則であるべきことは、労働基準法が中間搾取を禁止するとともに、職業安定法も労働者供給事業を禁止していることから、明らかである。したがって、労働者派遣を認めるとしても、専門業務に対象を限定し、かつ、臨時的・一時的なものとして、常用代替を防止することが基本的な理念とされるべきである。
ところが、本法案は、無期雇用の派遣労働者であれば直接雇用されることなく期 間制限のない派遣を強いられる。
次に、有期雇用の派遣労働者の場合は、派遣先企業は過半数組合等からの意見聴取をするだけで派遣労働者の受け入れを継続することができる。たとえ過半数組合等が反対しても、派遣を受け入れる理由を説明するだけでよいため、3年の制限なく実質的には永続的に派遣労働を受け入れることができる。
また、企業内の部署さえ変更すれば、同一の有期雇用派遣労働者を継続して受け入れることもできる。こうして、永続的な派遣労働の利用を可能にする。
このように、本法案は、常用代替防止という基本理念に真っ向から反している。
(3)本法案は、上記に加えて、有期雇用の派遣労働者に対する雇用安定化措置として、3年の上限に達した際に、派遣元は、①派遣先への直接雇用の依頼、②新たな就業機会(派遣先)の提供、③派遣元での派遣労働者以外の労働者としての無期雇用、④教育訓練その他の安定した雇用の継続が確実に図られると認められる措置、のいずれかを講ずるとしている。
しかし、①は実効性が乏しく、②も他の派遣先が存在し、かつ労働条件が維持されなければ十分な措置とはなりえない。さらに、③派遣元は労働者派遣によって利益を上げるのであり、派遣労働者以外の労働者としての無期雇用は派遣元にとって利益はなく実現可能性は低い。④も実効性はない。
しかも、上記の安定化措置は、派遣元に対して、いずれの措置も講じない場合であっても当該派遣労働者に対する損害賠償義務その他の私法的効果の付与や罰則規定がないことから、実効性は乏しいものである。
したがって、本法案の規定する雇用安定化措置は、いずれも極めて不十分であるといわねばならない。
さらに、派遣期間経過後の派遣先からの派遣労働者に対する直接雇用申込の義務は、募集情報の周知義務に変えられる。申込の義務の場合は、派遣先が直接雇用を申し込めば、当該派遣労働者がこれに応ずるだけで雇用契約が成立するが、募集情報の周知は、当該派遣労働者に対し直接雇用を申し込むことにはならないのであるから、当該労働者が応募しても派遣先が承諾しなければ雇用契約は成立しない。明らかな後退である。また、現在定められている違法派遣を継続している場合には直接雇用を申し込んだとみなす規定は、前述の有期雇用派遣労働者の継続利用制度によって違法状態が生じることはおよそ考えられなくなるのであり、適用場面は失われ、骨抜きになってしまう。
(4)以上のように、この派遣法改正法案は、常用代替防止の原則を事実上放棄し、不安定雇用の典型である派遣労働を固定化させるものである。そして、これによって、派遣労働をはじめとする非正規雇用労働者の増大や正規雇用労働者の非正規化をもたらし、格差と貧困を拡大することにつながるものである。
よって、当会は、派遣法改正法案は到底容認できず、改正には強く反対するものであり、本法案の廃案を求める。
3 労働時間法制改正法案について
(1)本法案は、「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」を創設し、高度専門的知識を要する業務において、年収が平均給与額の3倍の額を相当程度上回る等の要件を満たす労働者については、労働基準法で定める労働時間並びに時間外、休日及び深夜の割増賃金等に関する規定を適用しないものとしている。
しかしながら、法案には、成果に応じて賃金が決まるということは何ら規定されておらず、成果が上がれば賃金が増えることを保障するものではない。
また、裁量労働制と異なり、時間配分を労働者にゆだねることは規定されておらず、成果を上げるという名目で、際限のない長時間労働を強いることが可能である。
さらに、健康確保措置として、①始業から24時間以内に省令で定める休憩時間を確保し、かつ深夜労働の回数を省令で定める回数以内とすること、②健康管理時間(事業場内外で労働した時間)を1ヶ月又は3ヶ月について省令で定める時間内とすること、③1年間を通じて104日以上、かつ4週間を通じて4日以上の休日を確保すること、のいずれか一つを採ればよいとするが、このうちの一つさえ採ればいいのであるから、例えば①を採っても365日の連続勤務が許容されるし、②を採ってもその時間内であれば休憩・休日なく働かせることが可能となり、③を採っても休日以外は24時間働かせることも可能となるなど、長時間労働の抑制と健康確保の実効性はない。
加えて、これまでの経済界の意見表明や安倍首相をはじめとする閣僚の国会答弁、さらに、今般、マスコミで報じられている塩崎厚生労働大臣の経営者向け会合における「とりあえず通す」発言などからすれば、一旦この制度が導入されれば年収要件や対象労働者の要件が緩和され、拡大していく可能性が否定できない。
(2)労働時間法制改正案は、企画業務型裁量労働制について、PDCAサイクル業務や課題解決型提案営業まで対象業務を拡大する。しかし、前者については、現場で業務管理をする労働者全てが対象となりかねないし、後者についても企画・提案等しない営業などは現実には存しないことからほぼ全ての営業職が対象となりかねない。また、適用にあたっての年収要件もなく、若年労働者も広く対象となりうる。
裁量労働制は、労働の量や期限は使用者によって決定されるため、命じられた労働が過大である場合、労働者は事実上長時間労働を強いられ、しかも設定された労働時間以上働いても時間外手当は支払われない。
現在でも、裁量労働制の適用を受けている労働者の多くが、業務量をこなすために設定された時間を超えて労働している実態がある。
(3)このように、本法案は、長時間労働に対する時間外手当の支払い義務を無くし、長時間労働を事実上拡大させるものである。
なお、本法案は、上記制度の創設や見直しと同時に、働き過ぎ防止のための法制度の整備を本法案の目的として掲げている。しかし、本法案には、労働時間の量的上限規制や休息時間(勤務間インターバル)規制のように、直接的に長時間労働を抑止するための実効的な法制度は定められていない。我が国では、正規雇用労働者の年間実労働時間は2030時間であり、他の先進国と比較して異常に長い。そして、過労死の労災請求件数は784件、精神障害に関する労災の請求件数は1409件(いずれも2014年度)と依然として高水準で推移している。労働者の生命や健康、ワークライフバランス保持、過労自殺及び過労死防止の観点からは、長時間労働の抑止策は喫緊の課題であるが、本法案ではこれに対する実効的な制度が定められていないことは大きな問題である。
(4)以上のように、この労働時間法制改正法案は、企業の人件費の大幅な削減と引き換えに長時間労働を拡大し、労働者の命と健康、健全な社会生活や家庭生活を破壊するものである。
よって、当会は、この労働時間法制改正法案も到底容認できず、改正には強く反対するものであり、本法案の廃案を求める。
2015年(平成27年)5月18日
岐阜県弁護士会
会長 森 裕 之
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